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旦那クンへ 「謝罪 ~安堵と空虚~」

旦那クンの受けた治療、そしてその後の対応に疑問を感じ
弁護士先生の事務所の扉を叩いてから2年3か月余り。

どうして旦那クンがこんなに早く天国に行かなければならなかったのか
どうして旦那クンを奪われなくてはいけなかったのか

そして、そばについていてあげることができなかった
旦那クンの最期の様子が知りたかった。
旦那クンはいつまで意識があったの?
旦那クンはいつまで苦しかったの?

苦しみのあまり、そしてあんまり急なことで
きっと自分の命の終焉など考える時間もなかったに違いない。

旦那クンの無念と旦那クンへの想い。それだけだった。


理不尽な結末を受け止めて苦しむのは本人と遺族で
病院も医師たちは、私たちがどんなに絶望の淵に立とうとも
何事もなく病院を営み、そして何事もなく医師として働いていくんだろう。
そんなことが許されていいんだろうか。

そんな思いを胸に突っ走ってきた2年3か月。
時に、旦那クンは私のこの思いをどう思っているのだろうか。
喜んでくれているのだろうか。
それとも、痛々しい気持ちで胸を痛めてるのではないだろうか。

そして時に・・・
訴訟をおこすことを望んでいなかった北海道の両親
何も私に聞かず不安そうに見守る両親。
こうして訴えることを、謝罪の言葉を求めているのは
自分のためだけなのだろうか。

なかなか自分の気持ちが定まらず
気持ちが伝えられないまま
弁護士先生方との温度差を感じてきたこともあった。

これだけ人前で、両親の前でも泣かなくなってきた私だったけれど
旦那クンの生きた証や最期の鼓動を刻んだデータを目にし
話を聞かせてくれる病院を駆けずりまわって
まとめた当時の書類を確認しながら
病院や医師への質問や疑問・要望考えていると
苦しくもあり、切なくもあり、どうしようもなくなることもあった。

何度も何度も予定を立てては延期になり
ようやく辿り着いた第1回目の病院側からの説明会。
出席者は救急搬送された時の担当医、先方の弁護士と事務の方。

言いたいこと、問いただすことなど色んな事を考えていったが
まず、聞きたかったことを聞いてみた。

「どうして説明会に出席しようと思ったのか、
どんな思いで私の書いた質問状に回答し
この2年半、どんな思いで過ごしてきたのか

ここに旦那クンはかならず来ていると思いますので
一点の曇りなき説明をお願いします。」

人前で泣くことなんてほとんどなくなっていたのに
涙で声が出なくて、それを言うのがやっとだった。
手ぶらで来ると思っていた先方が、カルテやレントゲン
旦那クンの記録を机に置き、それを見たからだろうか。。。

それとも、今までの思いが吹き出してしまったのだろうか。

「この2年半、ご主人のことを考えてきました。
 ・・・・・・・・・・言葉少なに語った後・・・・・・
 本当に申し訳ありませんでした。」


信じられなかった。
2年半前、最善の治療を施したけれど残念な結果になりました
といったあの医師が、そんなことを言うなんて想像もしなかったから。

氷のようにとがっていた私の気持ちが
あれだけ執着して、しがみついてきたのに
一気に気が抜けてしまった。

よかった。ほんとうに良かった。
旦那クン、北海道のお父さんお母さん、
そして私のお父さんお母さん・・・。

旦那クン、聞こえた?
もう、それで充分だった。

やっぱり涙出た。


その場ではしっかりしていたつもりだったけど
化けの皮はがれて、マスカラだらけのハンカチを握りしめて
一生懸命話を聞いた。
詳細はまた後日。

同席してくれた事務の方(ナースだそうだが)も
旦那クンのお母さんを彷彿させるような本当にいい人で

この日同席しなかった当時の院長であり主治医に
同席を求めるために、
奥さんである私に少しでも話を聞かせてあげたいと
頑張ってくださったそうだ。


2時間の説明会が終了して
自己満足かもしれないが、気が抜けたようにほっとした。
旦那クンも、良く頑張ってくれたねって言ってくれてる気がした。

そして、先方をエレベータまで見送りに行く時、
最後に部屋に残っていた私のところに担当医が来て
「本当に申し訳ありませんでした」
と、いってくださった。

もう、それだけで十分だった。
あれだけ恨んできた人だけど
素直に、これから医師という素晴らしい職業
頑張ってくださいって言えた。

人は捨てたもんじゃないんだ。そう思った。

そんな満たされた気持ちとは裏腹に
なぜか満たされぬ思い。

どんなに頑張っても、どんなに泣き叫んでも
どんなに望んでも・・・
旦那クンがそばにいないという事実だけは変わらないこと。

そのあと、事務所を出てから
気が抜けたようにフラフラ夜道を歩いたことは覚えているが
どんな風に帰ったかはあまり覚えていない。

そして、同席を拒み、訴訟になっても出席しないといい
逆に、弁護士をたてて訴訟するぞと言ってきた
当時の主治医であり院長。

訴訟されてもかまわない。
訴えるなら訴えればいい。

でも、残された遺族にきちんと説明もしないまま
開業準備があるのに勘弁してくれとか
一度説明したのに、なんの義務があるんだと
信じられないことを言っているそうだが

私はもう、旦那クンの最期の一瞬が知りたいだけなんだよ。
そばにいてあげられなかったから。
彼のその一瞬と、自分のその時の記憶を
重ね合わせたいだけなのに。

それを伝えてもそんなことを言っているなら
本当に情けないよ、濱田元院長。

ぬぐいきれない納得できない気持ちが残るけど
担当医の謝罪の言葉が、私を救ってくれました。


大きな山をひとつ乗り越えた気がします。
一歩、前に進めたのかもしれません。
そして、5年前の今日、旦那クンとの同居生活を始めた日なのです。


PSここしばらく、29日のために心身共に全力を尽くしてきました。
 なかなかコメントできなかったり。。。コメントいただいていながら
 ブログにお邪魔できなかったりで。。ごめんなさい。。
 これで1段落。また遊びに生かせてもらいますね~。


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プロフィール

月乃ぴょんこ

Author:月乃ぴょんこ
旦那クンと私の人生を奪った
急性心筋梗塞と病院。
悔しいけれど
辛いことばかりじゃなかったね。
君に沢山のことを教えてもらったよ。

-いつか大好きな旦那クンに
会える日まで‥
その日を楽しみにしてる。
素敵な奥さんでいられるように-

色んな気持ちの足跡を残していこうと思います。

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